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7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/06/28(Fri) 09:07 |
投稿者 | : フミコ |
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次回、 7/4(木)
鑑賞&批評 「令」
題詠 「濁」
出題 ひろゆきさん
★ ★ ★ ★ ★
鑑賞&批評 「令」 一覧
1. 焼失の寂光院へのかの夏の日令法(りょうぶ)の白き峠を越えし ひらら
2000年(平成12)5月9日 放火にて焼失。現在は再建されている。
2. 世に出でて初めて受けし辞令なり墨痕あざやか「厚生技官」と フミコ
(厚生技官=国立に勤務する看護職全般の職名)
3. 父の名に寄り添う令室様と便り来る戦時に数多の子ら育みし母 さらら
4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
空より来るもの
投稿日 | : 2019/07/05(Fri) 19:06 |
投稿者 | : たかし |
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4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに
この歌について、ひさおさんからは再度コメントいただき、ありがとうございます。
また皆様からも丁寧なコメントありがとうございます。
「空より来るものに」の、空より来るものを、作者としては
この頃の荒れる気候に、頻繁に出る○○警報、豪雨などを念頭に置いておりました。
しかし、空からくるもので警報と言えば、日本を取り巻く状況から
北朝鮮からの飛来物なども言われてみればそうだと思います。
「防空壕」という言葉はどうしても軍事的なことをイメージさせるのだと思います。
少し言葉を換えて好日に投稿しましたが、防空壕はそのままでした。
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/07/05(Fri) 09:40 |
投稿者 | : ひさお |
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5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
批評ありがとうございました。
5句「名古屋より夜行列車に」
ここで悩みました。12字も使いながら中途半端な表現。
4句の「九州甘木市」を九州とだけにとどめて、4字節約するか。
とにかく新入社員として名古屋の事業所に3年間勤務し、新工場
建設の甘木市へ転勤になったのです。
名古屋駅から夜の8時頃出発。20名以上の人たちが見送りして
くれました。「阿蘇」が発車するとき、ホームに「蛍の光」の
曲が流れてきました。国鉄さんも味なことをしてくれた時代です。
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/07/05(Fri) 09:29 |
投稿者 | : ひさお |
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4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
この作品に関する私の感想・批評はまったくお粗末なものであったと
反省しています。
フミコさんの批評にあるように、戦時中なら防空壕のないところなど
なかったでしょう。
「防空壕どこにもなけれど」は現在の日本の状態を言っているの
であろう。
そこで「空より来るものに」とは北朝鮮のミサイルが最もあてはま
るように思います。その他光化学スモッグや黄砂、豪雨、豪雪、竜巻
なども該当するのではないかと思います。
鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/07/04(Thu) 19:22 |
投稿者 | : たかし |
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1. 焼失の寂光院へのかの夏の日令法(りょうぶ)の白き峠を越えし ひらら
2000年(平成12)5月9日 放火にて焼失。現在は再建されている。
放火で本堂が焼けたのですね。
大原寂光院というと参道下から見上げる山門の風情が良いお寺ですね。
令法の花、インターネットで調べました。この辺りの山にもある樹木です。
「かの夏の日」というのは、放火に遭ったその年の夏、本堂が焼け跡である寂光院へ行かれたのでしょう。
その道に令法の白い花が多く咲いていた。印象的だ。
悲しい出来事と、白い令法の花との取り合せが良いと思う。
2. 世に出でて初めて受けし辞令なり墨痕あざやか「厚生技官」と フミコ
(厚生技官=国立に勤務する看護職全般の職名)
「辞令」というものを初めて受けたことに対する誇りと緊張と責任感、そうしたものが「墨痕あざやか」に感じられる。厚生技官という職名が効いた。
3. 父の名に寄り添う令室様と便り来る戦時に数多の子ら育みし母 さらら
作者のお母さんは7人の子を戦時中に育てられた。
下の句はよく分かるのですが、上の句の「父の名に寄り添う」というところがどうもよく分かりません。
「令室様」は人の妻を敬っていう敬語。
それで、お母さんにそのような手紙が来たのを覚えておられる。初句、二句の意味が分かると「令室様」も生きてくると思うのだが。
4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
会社に勤めると転勤というものがある。その初めての転勤が九州の甘木市であった。
作者はその前どこに居たのか。ともかく名古屋からは夜行列車に乗った。そのことは印象に強く残っているので。
現在では九州でも新幹線に乗れば3、4時間で行ける時代になった。なつかしい夜行列車である。
結句「夜行列車に」と「に」で終っているのが、尻切れトンボに感じる。
最近は新聞の見出しや、テレビのニュースなどでも、こうした言葉の使い方がされているのを見るが、短歌では、きちんと結語は結びたいと私は思っているのだが。
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/07/04(Thu) 19:17 |
投稿者 | : さらら |
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1. 焼失の寂光院へのかの夏の日令法(りょうぶ)の白き峠を越えし ひらら
2000年(平成12)5月9日 放火にて焼失。現在は再建されている。
ある夏の日寂光院の焼失を知り 過る峠に白い小五弁花を長い穂状に着ける令法一面の土手を忘れることのできない景をうたう。
2. 世に出でて初めて受けし辞令なり墨痕あざやか「厚生技官」と フミコ
(厚生技官=国立に勤務する看護職全般の職名)
戦後の女性の仕事の上位から教師 看護職と現在の様に職種は少ない時世
尾崎左永子の自伝的短歌論に記されていた。粗末な紙の1枚の辞令ではあるが
忘れがたい喜びの瞬間 墨あとあざやか結句の77が輝いている。
3. 父の名に寄り添う令室様と便り来る戦時に数多の子ら育みし母 さらら
4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
防空壕は設置されていない無防備な日本に予告もなく突然得体のしれぬ
危ないものが撃ち込まれる脅威と困惑。平穏を乱されたくない。
5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
現役の栄転移動事例を回顧されての作品 男性は上からの辞令には諾うしかなく
即名古屋より九州へ夜行列車で駆ける。地名の固有名詞が7に収まり難いのが惜しい。
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/07/04(Thu) 18:16 |
投稿者 | : ひらら |
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1. 焼失の寂光院へのかの夏の日令法(りょうぶ)の白き峠を越えし ひらら
2000年(平成12)5月9日 放火にて焼失。現在は再建されている。
2. 世に出でて初めて受けし辞令なり墨痕あざやか「厚生技官」と フミコ
(厚生技官=国立に勤務する看護職全般の職名)
学校を卒業 資格も得て辞令を受けた作者。見事な墨痕 墨の香も芳しく 官庁用語のいかめしい厚生技官。うやうやしく辞令を受けている式の様子 作者の喜びが伝わる。
3. 父の名に寄り添う令室様と便り来る戦時に数多の子ら育みし母 さらら
戦時中の大変なときにお大勢の姉弟を育ててくださった母上。母上を敬い 父母宛てへの便りには令室様と記してあった。作者は幼いながらよく見て覚えていたのだ。
4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
戦時中でもなく今防空壕は無いが そらからは原発問題 異常気象 黄砂などの警報が発令される。子育ての頃 光化学スモッグ〜発令でプール学習の出来ぬことがあった。
5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
初めての転勤は 名古屋から九州福岡甘木市 全国規模の会社とはいえ 距離感 暮し 社会観など戸惑う作者であっただろう。夜行列車が時代を彷彿とさせる。
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
投稿日 | : 2019/07/04(Thu) 14:06 |
投稿者 | : ひさお |
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1. 焼失の寂光院へのかの夏の日令法(りょうぶ)の白き峠を越えし ひらら
2000年(平成12)5月9日 放火にて焼失。現在は再建されている。
消失した寂光院を見ようとして、その年の夏峠を超えようとしていると、白い令法の
花がさいていた。令法の花についてはまったくしりませんでした。ネットで調べると
白い気品のある花ですね。暑い夏であるが、峠であること、白い気品のある花が咲いて
いることにより涼感を漂わせている。
寂光院の消失という歴史的事故と令法の花という高貴な名前をうまくマッチングさせている。
2. 世に出でて初めて受けし辞令なり墨痕あざやか「厚生技官」と フミコ
(厚生技官=国立に勤務する看護職全般の職名)
看護師養成の学業が成り、初めて国立の病院に赴任が決まった。その辞令は毛筆で
「厚生技官」と鮮やかに書かれていたことを、作者は今も鮮明に記憶している。
昔は民間の会社でも辞令は毛筆の時代がありましたね。20歳前後の女性が「技官」
と呼ばれるのには、いささか不自然な気もしますね。今から振り返るとなんと大げさ
で時代がかっていることか。しかしそれだけ重要視されていたということでしょう。
3. 父の名に寄り添う令室様と便り来る戦時に数多の子ら育みし母 さらら
戦時中に多くのお子さんをもうけられたお母さん。父と母の両方に読んでもらう
ための便りの宛名は父には名前、母には父の名に添うように令室様とかかれていた。
普通は高貴な方にたいする呼称なので、作者の父母はそのような方であったのだ。
4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
空襲警報発令。緊張。どこへ逃げるのか。作者の住んでいた地域には
防空壕はなかった。その地域の方々はどのように対処したのであろうか。
苦しい時代の回想。
5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
題詠「7/⒒ 旅」
Re: 7/4 題詠「濁」
Re: 7/4 題詠「濁」・鑑賞&批評「令」
題詠「濁」
Re: 7/4 題詠「濁」
Re: 7/4 鑑賞&批評 「令」
投稿日 | : 2019/07/04(Thu) 08:12 |
投稿者 | : フミコ |
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1. 焼失の寂光院へのかの夏の日令法(りょうぶ)の白き峠を越えし ひらら
2000年(平成12)5月9日 放火にて焼失。現在は再建されている。
歴史、名所旧跡に造詣深く愛着をお持ちの作者。
寂光院消失のニュースに矢も楯もたまらず馳せ参じる途中に通った峠に咲く白い花が目に残っている。
夏が来ると思い出される白い花の風景なのでしょう。
この歌の鑑賞をきっかけに令法という花を知り、寂光院消失に関する記事を沢山読めました。
2. 世に出でて初めて受けし辞令なり墨痕あざやか「厚生技官」と フミコ
(厚生技官=国立に勤務する看護職全般の職名)
3. 父の名に寄り添う令室様と便り来る戦時に数多の子ら育みし母 さらら
今では畏まってごく形式的に書かれることの多い「令…様」の宛名も当時は心底の尊敬を込めて書かれたものと思います。[戦時に数多の….] にとあるので、来たのは最近のことかもしれないとも思います。数多というとあいまいなので具体的人数を書かれた方が締まるのではないかとも思いました。
4. 防空壕どこにもなけれど警報は発令さるる空より来るものに たかし
防空壕がどこにもないということは戦時ではない。
ならば、空からくるもの、電波、音波、これは現代式警報発令の方法。
光化学スモッグか黄砂か颱風とかの災害か。
警報は…とあるので科学技術の進歩の方に解釈した方が自然かなと思いました。
戦時の警報はサイレンと組長さんのメガホンの大声でした。
空より来るもの…人的不可抗力…ノストラダムスも過りました。
5. はじめての転勤辞令行く先は九州甘木市名古屋より夜行列車に ひさお
はじめて受け取られた転勤辞令、行く先は九州。
今からは比べものにならないくらい滋賀県からは遠方に感じられたことでしょう。
はじめ、「名古屋より」という語が不要ではないのかと思ったのですが、先の、ビール工場新設のお歌から名古屋の存在は重要なのだと知りました。
夜行列車というところ、遠路とその時代を象徴するような雰囲気を感じます。
夜行バスとか寝台車とは違う時代の空気がただよいます。