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第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・選評 水沢 郁
投稿日 : 2024/09/29(Sun) 07:38
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

   水沢 郁


 今年の応募数は二十九で、ここ三年微減の傾向が続いていますが、みなさんの詩作精神は衰えず、作者の生の息吹が感じられる詩ばかりでした。選考にあたってはどなたの作かわかりませんが、おもに高齢の方の覚悟ある生き方に接することができたという思いです。もちろん推察するだけですが年齢を問わず清新で冒険的な詩もありました。自分の住む土地と周囲の自然に対する思い、ご家族や親しい者への感謝といたわり、老いや闘病の実感、過去の思い出、人生を振り返っての深い洞察、等々。
 詩の内容や傾向には選者の好みや現代詩に対する考え方もあって、統一した審査基準を設けることは難しかったのですが、順位をつけるというのがコンクールの宿命です。私どもは「いかに心打たれるか」を第一に、三人で協議し、選考しました。苦慮に苦慮を重ねた審査を終えて感じることは、明らかに優劣をつけられる場合もありましたが、何篇かはほとんどなだれ打つようにしてゴールテープを切ったというあんばいです。
 ここに取り上げた十四編の詩については、三人で分担してコメントを寄せました。各自、選者を代表して書いております。しかし選者評というものは、その詩の持つ世界の豊かさを限定することになるのではという危惧もあります。そこには作者自身も気づいていなかった豊かな詩世界が開けているかもしれないからです。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・知事賞・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:21
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・知事賞・緑の食卓 島田照世

 緑の苔の印象が鮮烈で、イメージの展開に魅了されました。言葉の背後に途方もない時間と限りある人生の情感がひろがっていて、作品舞台にひきこまれます。読者はそれぞれ違った入り口から作品世界に入っていくでしょう。ふくらはぎが痛むまで歩き続けて、ようやく椅子に座り、来し方のことを話し始めた「私」の息づかいが感じられるようです。メタファーで貫かれた現代詩ですが、書き手の内にとじこもらず、問いかけが普遍的にひらかれているところが素晴らしいと思いました。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・特選1・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:19
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・特選1・豊水 足立紀子

 作品から梨の芳香が漂ってくる、たいへん清らかな詩です。母と娘の親密であたたかい関係や、死別の悲しみについて直接書かれていませんが、作品から切ない感情があふれ出ています。最期まで生きようとされていたお母様の姿が、剥きかけの二切れの梨からありありと伝わってきます。とても素直な文体で、多くの読者の共感を得るという点において、評価の高い詩です。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・特選2・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:18
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・特選2・線状降水帯 谷 敏子
 
 不穏な状況が過不足のない描写で淡々と描かれ、荒ぶる自然の前にはどうしようもなく、ただ雨嵐が過ぎるのを待つ人間のありさまが、巧まず、素直に書かれています。波打つ稲穂、水煙、救急車のサイレン…そこから戦国時代の農民に思いを馳せる着想と展開がユニークです。風雨が静まったあとの「息づまるような静けさ」が、雨の匂いとともに迫ってきます。五感がゆさぶられ、心のざわめきがしばらく治まりませんでした。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・特選3・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:16
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・特選3・靴 松山 武

 テレビの画面からこれほど多くのことを思い巡らせるとは、作者はさぞかし読書家で、ゆたかな想像力と人生経験の持ち主なのでしょう。画面を共有して、それぞれの靴を履く人の暮らしぶりや人生を一緒に想像しているみたいです。ちょっと意地悪そうな意見にくすっと笑い、物知りな作者にひとしきり感心もしながら、人間観察をしてしまいます。あえて「妄想」の説明がなくても、その気分はじゅうぶん読者に伝わり、賑やかで楽しい詩です。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・特選4・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:14
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・特選4・冬のさくら 原馬正文

 端正で品格があり、一幅の日本画を観るような高潔で美しい詩です。繰り返される「ねじれている」は、樹の姿をこえて人間の姿をも連想させ、春を待つ生命体の姿勢が感じられます。「樹液の結晶を 吹き出し/無数の春光を 滝のように降らすときを…」の3行はとりわけすばらしく、光に満ちた春のダイナミックな光景が目に浮かびます。ああ、そのように春を待ちたい、と読者はその身に引き寄せて願うことでしょう。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選1・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:09
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選1・タ・メタ・タ・ピュシカ 古橋童子

 タイトルの意味はあとまわしにして、何といっても「人になりたい」というひたすらな思いに引っ張られていく。作者にとっての醜く未熟なものとは何なのかわからないが、考えすぎであろうと謙虚に過ぎようと、どうでもよい。この詩は祈りなのだ。「私以外の命に」、どうしようもない「私の命にも」敏感になりたい。自身の暗部に目を背けることなく、まるごと受け止め、「人」になる。作者は涙ぐみながらこの詩を作ったのだと思う。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選2・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:07
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入線2・北国の山麓で 阪本博史

 北国の秋は短い。作者は「頬にひんやりとした空気」を感じ、「吹雪に出会った」とおもったら「綿毛をつけた虫「雪虫」を見つけ、「ミズナラの葉が一枚、もう一枚」と落葉の乾いた音を聞き、「秋の足取りの速さを感じ」ている。全体として、エッセイの匂いがするが、最終連の「あの車も冬に向かっていくのだな/真っ直ぐに小さくなる車を見送りながら」の部分は、作者の心情が投影されている。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選3・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:05
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選3・米ふみ 園田敦子

 題からは一瞬米を汚すような気がしたが、いいタイトルだ。そこには稲作の歴史に組み込まれた精米技術のメカがあった。この詩のよいところは「米ふみ」という言葉の中に、慈愛の心を持って深く踏み込んでいくところにある。「踏んだ」米を家族や親戚と分かち合う感謝の気持ち、弥生人のことや精米技術の変遷に思いを馳せるところなど。今はもう足踏み用の長杵は朽ちていても、水鉢に変じた石臼のある詩人宅では「米ふみ」なのである。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選4・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:03
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選4・湖秋  いしかわ つよし

 晩秋から初冬の時節を湖畔に織りなす落ち葉を作者は歌う。読者は、一枚の水彩画を見ているようで、そこには丁寧な言の葉が散りばめられているようにも感じる。作者は「路は/濃く淡く黄に埋められ/哀しい季節」と感じる。書き慣れた感は否めないが、最終連の「山かげに/務めを終えた/季の陽が/ゆっくり/ゆっくりと/沈んでいきます」は、余情に満ちている。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選5・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 15:01
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選5・親孝行  奏 葉湖

 平易な語り口の外連味のない詩で、好感が持てる。両親がこの世を去って以来、まるでその人生を追体験するかのように、しみじみと親の気持がわかり、ふた親は生き生きと甦り、「わたしの中でずっと生きて」いる。今度は「わたし」が生ある限り親を生かしていくということなのだろう。人が次世代の子や孫を慈しむように。しかし、もうそれは親子や肉親といった血縁を超えた人と人との友情にも似た関係性であると作者は言っている。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選6・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 14:57
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選6・木曜日の朝  陸田京介

 謎の多い詩だ。鮎釣りの水難事故で突然亡くなった「あなた」。それは木曜日のことだった。木曜日のたびに作者の心は千々に乱れる。しかしそれも五七日の逮夜の木曜日を迎えることになって、作者は遺品の鼈甲眼鏡の「曇りをそっと拭」う。哀惜を込めて。私はそう読んだ。言葉の選び方が性急で、意味の通りにくいところもあるが、それもまたこの詩の強みだろう。愛する人を失って惑乱のさなかにいるのである。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選7 選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 14:55
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選7・散歩(夏の湖畔) 和田祐子

 おそらく烏丸半島をめぐる散歩をゆったり書き留めている。体調と相談しながらだが、初夏の草木や鳥、虫たちの様子を慈しむように観察している。来迎図のような雲のありさま、向かいの比良比叡を眺めていると「根拠はないけれど」自信が湧いて新生の喜びを感じるといったあたり、実感がこもっている。そんな詩人に対して、路傍の黒猫が「まあ、そないに気負わんと」とでも言いたげに欠伸する。これが詩のアクセントとして生きている。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選8・選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 14:52
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選8・ゆれるカーテンの部屋で  谷口明美

 カーテンで仕切られた病院の個室。一定のリズムで落ちる点滴が生きようと勇気づけてくれているように作者は思う。それから、「柔らかなひだのカーテンの片隅を/そっと分けて 早朝に/欠かさず訪れてくれる若い医師」の存在も生きる力となる。病気も老いも受け入れ、未来は明るい。
Re: 第73回(2023)滋賀県文学祭_詩・入選9 選評
投稿日 : 2024/10/05(Sat) 14:46
投稿者 選者・北原千代・辰巳友佳子・水沢 郁
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選評

詩・入選9・雲一つない空  西中奈緒

最初の二行の「雲一つない空は現実社会の複雑な物事から/私を解放し安らぎを与えてくれる」でこの詩が言わんとしていることが、すでに書かれてしまっている。空に鳥や雲、飛行機を描く。機内で過ごす人々を想像しているうちに作者も飛行機に搭乗しているところが面白い。飛行機の窓から見える光景は、現在進行形の戦争である。情景描写に終わってしまっているのが、惜しい。

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