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第73回(2023)滋賀県文学祭_随筆部門_特選8 ケンケト祭り 中村郁枝
投稿日 : 2024/10/02(Wed) 08:05
投稿者 選者・長 朔男・榊原洋子・古道紀美子
参照先
特選8

ケンケト祭り

   中村郁枝(草津市)


 2022年11月30日に、全国で伝えられてきた「風流踊」がユネスコ無形文化遺産に登録された。滋賀県では近江湖南のサンヤレ踊りと、近江のケンケト踊り、長刀振りである。
 テレビでそのニュースを聞いた時、「なんと故郷のケンケト踊りが」と喜びそして驚いた。故郷は旧東海道に面した農村であるが、道の向かい側には頓宮跡の杜があり、その前の野原であったためか「字」は前野という。
 その神社の祭礼にケンケト踊りが奉納されている。きらびやかな衣装で優雅な踊りであったことを思い出し、やはり歴史の重みがあったためだと改めて感激したのである。
 '23年5月、妹と弟と共に父の37回忌のお墓参りをした。久しぶりの前野であった。
 そして、近くにある氏神様の瀧樹神社にお参りしたのである。長い参道を下り切ると野洲川のせせらぎが聞こえてくる。左手の大石段を昇り切ると大きな林に囲まれた広い境内に出る。祭りのすんだ5月の杜は森閑として葉をゆする風の音が微かにするだけで、昔と同じように宮司さんの居住もなく社務所も雨戸が閉まったままである。でも、ここに立つと昔日の祭りの賑わいが甦ってくる。
 お囃子の音と人々のさんざめきの中を、大石段を肩車してもらった踊り子たちが昇ってくる。
 ケンケトケンケン ケトーケン ケトーケン ケトーケンケン、ソレ、ケンケンケトーケン ケトーケン ケトーケン……。という歌声のリズムにのって、8名の踊り子がケンケンで進みながら踊っていく。
 踊り子の頭には長いクジャクの羽根のついたシャガマと呼ばれるかぶり物をつけ、紫と黄色の美しい幅広の鉢巻をたらしている。着物は広袖の黒紋付に帯、裁着袴(たっつけばかま)にわらじを履いている。それを持ち鳴らして進む。
 拝殿前の踊りが済むと小石段を昇り本殿へ。1472年(文明2)鎮座らしい二柱がありその前後をぐるりと踊り進んで役目を終える。
 そのあとに、ハナ奪いもある。ハナガサという竹で編んだ乗物に赤い造花やお酒やらが積んである。その花を奪うと災難を免れると伝えられている。疫病神を追い払うためか青竹の先をササラにしてハナガサの回りをビシビシ叩いて何基もが進む。その間をハナを目指して祭り酒で酔った男達が群がる。大怪我が出たりしてケンケト祭りでなく瀧樹さんの祭りはケンカ祭りの異名もあったほどだ
 さて、その年、(昭和20年5月2日)戦中だったが、国民学校5年生の兄は踊り子であった。この神社は三つの字が維持していて3年に一度踊り子の順番が回ってくる。家父長制時代であったし子沢山であったためか長男しか踊り子になれなかったのである。
 その日、母は早朝より兄の付添いで着付に出て行った。他の家人も留守で2年生の私は妹を遊んでやっていた。踊りの時間が近づいてきて「さあ、お祭りに着替えて行こうね」と言って整えてやったのを覚えている。3歳の手を引いてごった返す人の中で兄の無事に踊り終えるのを見届けた。その後、恐ろしいハナ奪いを遠くから見て祭りは無事済んだ。
 拝殿の横で順番に記念撮影があった。兄の晴れ姿の一人写しが済むと、母が「Kちゃんおいで」と妹を横に並ばせた。写真屋さんが「皆さんごいっしょに」と言うのに「あまり大勢でもなあ、二人でよろしいわ」と母、首をかしげながら写真屋さんは二人を写した。
 出来上がってきた時、母が私にこう言った。
「ごめんな、なんであんたは泥土の付いた服で来たんや、Kちゃんは着替えさせてよ、写真に泥付が一生残るで写せへんかったんやで」と。だから母も入らなかったという。
 自分は汚れた服を着ているなんて思ってもいず、Kちゃんは可愛いから写してもらったと思っていただけだ。だが千載一遇のチャンスを逃したため私の子供の時の写真は一枚もないのだ。
 あれから80年近く経った拝殿で、当時をなつかしく思い出し、今も自分の事は何も分かっていないドジなままなのがおかしく、まさに三つ子の魂百までを思い知らされる。
 それから三人でぶらりと社務所の裏側に回ってみた。あの色とりどりの美しいつつじが咲き誇っていた庭園は、影もかたちもなく、鬱蒼とした大木が繁る森に変わっていた。
 時代は変遷する。日本中の村は過疎になり少子化は増々進む。ここの踊り子も大分前から男子はみんな出られるようになったと聞くが、今は女子も踊り子になれているのだろうか。誰もが参加できるようでありたい。
 ユネスコが無形文化遺産の衰退や消滅の恐れがあるという認識から国際的に保護しようという気運が生まれて、この登録になったということは素晴らしいことである。けれど時代はどんどんむずかしくなっていく。関係の方々のお骨折りでふるさとのケンケト踊りが、末永く続きますよう祈ることしかできない。
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