6.朝七時0度の風に吹かれつつ我は回転寿司となりゆく カーリング
なんだかおもしろい。作者はクルクルと回っているんだ。
「回転寿司となりゆく」とは:回転寿司は同じところをくるくる回り続ける。それと同じで、作者は短いコースを、気温零度の寒い朝の7時から何回も繰り返しウォーキングする。
ひららさんへ、
一番下のウプラさんの注意書きに書いてありますが、返信はゴミ箱の図の左側の青い矢印をクリックして、現れた画面にコメントを書いて投稿するとよいです。
そーか、ウォーキングなんだね。
謎の歌でした。
了解。
ベルトコンベアーに載せられていく回転ずしのように、毎日退屈な交通渋滞の群れに入ってゆく、と解釈すればいかがですか?
回転寿司となりゆくは かなり思い切った表現だと思う。
なるほど、くるはらさんの解釈だと「朝七時」が生きてきますね。
回転寿司を出した意味が分からない。私は一方的に、走っていったと取ったのですが。いかがでしょうか?
6.朝七時0度の風に吹かれつつ我は回転寿司となりゆく カーリング
くるはらさんのご意見ではコンベヤーに乗ることは分かるが、回転しくるくる回るという感覚にはほど遠いように思う。
おなじ日常の繰返し、というところを回転ずしに例えたのでは。
毎日毎日おなじ通勤経路を往復するわけですから、「回転寿司」になったような感覚になるのではないですか?
回転寿司とはいろいろなものを手に取ると言うことか、化粧品を次々に
とっているようなことか、それにしては風に吹かれるが判らない
忙しく、次々と何をしているのだろうか。
「我は」を割愛して、散歩なら「公園の」「グラウンドの」とか、通勤ならまた別のものにしてはいかがでしょうか。